(2008.09.22)
ひざまでのラッセルに喘ぐ(2004年3月) |
三重嶽山頂を目指して空身で重い深雪を ラッセルするトップ |
大御影山山頂(2004年3月) |
目指す三重嶽をバックに(2004年3月) |
山毛欅林の尾根(2008年) |
吹雪の中のラッセル(2008年) |
雪庇のでた尾根を行く(2008年) |
品谷山への稜線 |
今西錦司さんの影響を受けたのか、還暦を過ぎてから、積雪期のヤブ山縦走に魅せられて しまった。1000mにもみたない低山ながら、支尾根が複雑に発達し且つ見通しがききにくい
樹林の山は、ルート・ファインデイングが大変難しい。そんなヤブ山が雪に埋まった時、山 毛欅や落葉樹の中の、静かな誰のトレースもない雪の尾根を歩くとき、私の心はなぜか躍る
。私は若い時から、東北マダギが雪山を自由に飛びまわるような、そんな山登りをしたいと 憧れてきた。
第一線で活躍するクライマーからすれば、なんと泥臭い刺激のない山歩きかと笑われるかも知れない。地図を見ながらどのようなルートが面白いだろうかと、登山者が見向きもしない忘れられたような積雪期の樹林の山の縦走計画を企画し、親しい山仲間とテン
トを担いで何日も歩きまわる山行は実に楽しい。 厳しい厳冬期の劔嶽や穂高連峰の縦走を こなせるだけの体力も登攀技術もない高年齢者の私には、自分の実力に見合った山域の京都
北山に、自分自身で企画する独創性のあるユニークな積雪期登山を再発見出来たことは実に幸せだ。
積雪期の低山ヤブ山縦走をやろうと考えだしたのは、故土倉九三氏の追悼集に「彼と私との足跡は、京一中の仲間ではよく知られていない。奥牧野から野坂岳辺にかけての、豪雪の山群にも及んでいる。」と書かれていた川喜田二郎さんの追悼文に遭遇したのがきっかけではなかったかと思う。
野坂岳からマキノの若越国境尾根や京都北山の積雪期の縦走についての記録は、これまで私は目にしたことがなかった。近隣の山岳会に問い合わせてみたが、日帰りのラッセル山行は時々やっているが、積雪期縦走の記録はまったくないとの回答ばかり。ヤブ山縦走といえども、積雪期の縦走となると4〜5日の日程は必要だ。折角の休暇を使うのだったら、北アルプスや南アルプスの迫力ある山歩きに大事な休暇を使いたいと誰しも考えるのであろう。
これまで誰も考えようともしなかった積雪期の北山や若越国境の縦走は、毎日が日曜日の暇のある私のような年寄りには挑戦する価値があるユニークな山行ではなかろうかと思いいたった。これは私のような年寄りでも可能なささやかな一つのパイオニア・ワークではなかろうかと考え、長期継続する心構えで取り組む決心をした。
1/25000 の地図を眺めて、実働3〜4日で歩ける楽しそうな尾根筋を探してみて、自分なりの縦走ラインを作ってみる。入山や下山の時の交通の便を調べておくのも大切なことだ。一年近く前に翌冬の縦走計画を企画し、まず一緒に歩いてくれる仲間を捜しメンバーを決めておくのが何よりも重要なことだ。低山とはいえ、一人でラッセルしながらの縦走は極めて困難。湿雪のラッセルには3人は欲しい。
最初の3年は若越国境や湖北のヤブ山への縦走をぶっつけ本番で出かけたが、支尾根が多く複雑な尾根筋を間違って降りかけ、随分と時間を無駄にする失敗を何度も経験した。4年目からは無雪期に偵察に出かけ、迷いやすそうな箇所に赤布テープをとりつけることにした。偵察を実施し始めてからは、ほとんど大きな道迷いもなく積雪期の縦走が非常にスムースにやれるようになった。無雪期に偵察山行として歩いておくと、無雪期と積雪期の稜線の変化を知ることも出来てたいへん面白い。このひどいブッシュの箇所が雪で埋まってくれるかしらと想像し、期待通りに楽に歩けた時などは実に嬉しい。
冬の北山は湿雪とのたたかいだ。重い湿った雪のラッセルは、本当にしんどい。標高が低いので、厳冬期でも雨が降ることが多い。冬山用テントより、フライのついた夏山テントの方が有効だ。しかし、チャックで開閉するテントは、雨や湿雪で濡れたチャックが凍結して開閉出来なくなる欠点がある。
日本海からの季節風をまともに受ける若丹国境尾根や若越国境尾根は、早朝はしばしば湿雪がカリカリに凍結する。6本爪のアイゼンは必携で、ワカンとの併用で尾根筋を歩く時がしばしばだ。
1000mに満たない低山といえども、吹雪や雨で動けない日が当然ある。実働4日のコースなら予備日は2日はみておく必要があろう。6日分の食糧を担ぐと荷物は20kg近くになり、重荷をかついでのラッセルは楽ではない。年寄りの私たちには体力維持が、最も大きな課題であった。各自、荷物をかついでの自主トレーニングで体調管理を行ってきた。
京都北山や滋賀・福井県境の山々は、標高は低いが地形が非常に複雑だ。この数年相棒の堀内さんがGPSを使い出し、偵察時の赤布テープと共に非常に有効な武器となった。若越国境や京都北山の積雪期低山薮山ワカン縦走は、2002年から始めたが、幸いとこれまでの山行は、一度の敗退もなくすべて計画通り縦走することが出来た。
鹿やカモシカに遭遇することは度々だが、縦走中に他の登山者に出会ったことは未だ一度もない。
(1) 2002年2月9日〜11日:
マキノ・スキー場 - 粟柄峠 - 赤坂山 - 三国岳 - 乗鞍岳 - 敦賀国際スキー場。
* メンバー:(L) 阪本公一、平井一正、八太幸行、佐藤典子、西岡圭子、能田直子
(2) 2003年1月11日〜13日:
若越国境尾根縦走(野坂岳 - 三国岳 - 赤坂山 - 粟柄峠 - マキノ・スキー場)。
* メンバー:(L) 阪本公一、平井一正、堀内潭、牛田一成、朝倉英子、佐藤典子
(3) 2004年3月5日〜9日:
湖北中央部ヤブ山縦走(マキノ・スキー場 - 粟柄峠 - 寒風山 - 大谷山 - 大御影山 -
三重嶽 - 武奈ヶ嶽 - 角川)。
* メンバー:(L) 阪本公一、宮川清明、堀内潭
(4) 2005年2月14日〜18日:
由良川分水嶺縦走(生杉 - 若走路谷 - クチクボ峠 - 三国峠 - 地蔵峠 - 三国岳
- 小野村割岳 - 佐々里峠 - 広河原)。
* メンバー : (l) 阪本公一、堀内潭、山田睦郎
(5) 2006年2月21日〜24日:
第1回若丹国境尾根縦走(生杉 - 若走路谷 - クチクボ峠 - 三国峠 - 八ヶ峰 - 八原)。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、山田睦郎、八木昭二
(6) 2007年2月20日〜23日:
第2回若丹国境尾根縦走(八原 - 八ヶ峰 - 頭巾山 - P835m - 福居)。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、岡部光彦
(7) 2008年2月22日〜25日:
北山最深部ヤブ山ワカン縦走(広河原 - 佐々里峠 - 品谷山(880.7m) - 佐々里 - ハナノ木段山 (703.8m) - P792m
- P662m - 知見口)。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、岡部光彦
積雪期の北山は非常に迷いやすく、或る意味では標高の高い北アルプスの積雪期縦走より難しい。低山の積雪期の樹林の山旅の勘をやしない、的確なる判断力と体力をつけるために、2〜3日の積雪期の登山を反復して行い、実働4日、予備2日の縦走をこなせる訓練山行につとめた。
(a) 2001年3月3日〜4日:
石田川ダム - P812m 東尾根 - P812m - P674m - 三重嶽(974.1m) - P812m -石田川ダム。
* メンバー:(L)阪本公一、永田龍、河村皆子、朝倉英子、佐藤典子
(b)2001年3月10日〜11日:
大見村 - 尾越 - 芦火荘 - 八丁平 - 峰床山コル - 大見村(雪深く峰床山に登れず)。
* メンバー:(L) 阪本公一, 石崎重治
(c) 2002年2月23日〜24日:
大見村 - 尾越 - 芦火荘 - 伊賀谷山(900.7m) - 芦火荘 - 大見村。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、八太幸行
(d) 2003年2月1日〜2日:
百井 - ナッチョ(天ヶ森812.6m) - 大見村 - 芦火荘 - 伊賀谷山(900.7m) - 大見。
* メンバー:(L) 阪本公一、宮川清明、宮川ふみ江、八太幸行、佐藤典子、西岡圭子
(e) 2003年2月22日〜23日:
角川村 - 湖北武奈ヶ嶽(865m) - 三重嶽(974.1m) - 湖北武奈ヶ嶽 - 角川村。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、八太幸行、中西博己、朝倉英子、佐藤典子、前川真貴子
(f) 2003年3月21日〜23日:
花脊峠 - 大見尾根 - 大見村 - 尾越 - 芦火荘 - 八丁平 - 峰床山(970m) - P838m -
P796m - P799m - 桑谷山(924.9m) - P804m - 能見口。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭
(g) 2004年1月31日〜2月1日:
大見村 - 小野谷峠 - P877m - 小野谷峠 - 大見村 - 尾越 - 芦火荘 - 八丁平 - オグロ坂
- 峰床山(970m) - 芦火荘 - 大見村。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、石崎重治、吉田利明、山崎洋介
(h) 2005年1月30日〜2月1日:
近江高島駅 - 朽木スキー場 - 蛇谷ヶ峰(901.7m) - 釣瓶岳(1098m) - 武奈ヶ岳(1214m)
- 八雲ヶ原 - 金糞峠 - 比良岳(1051m) - 蓬莱山(1174.3m)。
* メンバー:(L) 阪本公一、堀内潭、山田睦郎
(i) 2006年2月1日〜2日:
八桝橋 - P715.6m - P682m - チセロ山(871m) - 芦火荘 - 大見村 - 大見尾根 - 花脊峠。
* メンバー: (L) 阪本公一、宮川清明、井上潤、堀内潭、山田睦郎、岡部光彦、 鈴木正典、
河村方孝
(j) 2007年1月30日〜31日:
花脊峠 - 大見尾根 - 大見村 - 尾越 - 芦火荘 - 大見村 - 小野谷峠 - 八桝橋。
* メンバー:(L) 阪本公一、嶋岡章、高野昭吾、亀井清太郎、堀内潭、岡部光彦、田代妙子
今西錦司さんの「自然と山と」という随筆の中にある「地元のヤブヤマ」という章に、次のような名文がある。
「地元のヤブ山くらいは、なんの雑作もなく歩けるのでなくては、おかしいはずだが、まだなかなかそうはゆかない。精通していない証拠であろう。それにしても、ヒマラヤの山でさえこのごろは、たいてい一度で成功しているのに、一度で成功できるとはかぎらない山登りが、こんな標高の低い地元の山にあるなんて、なんというおかしな、また考えようによっては、なんと恵まれたことだろう。これではいくつになっても、山登りから足が洗えそうにない。」
今西さんの文章に触発されて、低山ヤブ山の積雪期ラッセル縦走を始めたが、「よう、あんな低い薮山へ4日も5日もかけてラッセルに行きますね!」と笑われることが多い。
しかし、地図を見ながら自分でルートを企画して、誰も行こうともしない、誰のトレースもない、積雪期の静かな忘れられた樹林のヤブ山をワカンで縦走する楽しさは、私にとってはヒマラヤやアンデスの山旅にも劣らない醍醐味である。今西さんの言葉ではないが、この面白さは足腰が立たなくなるまで止められそうにない。こんな地味で、泥臭く、しんどい山旅につきあってくれた山仲間に、心より感謝したい。
次回の縦走は、2009年2月に、三国峠から百里ヶ岳経由若狭駒ヶ岳へ連なる江若国境尾根を歩こうと夢をあたためている。
京都北山地図 |
若越国境地図 |