6.雑誌に載るってやっぱりうれしい!!

                  

 山のことで初めて本に名前がでたのは雲稜会にはいってからの白山書房の山岳体系。会が依頼を受けて、大源太周辺の地域研究をしていて、その関係で名前が載ったことがある。 

 でも、σ(^_^)にとって「やった!!」と思えるぐらい大きく載ったのは河北新報社の記事。
それは35歳の時に旧ソ連の崩壊の年、4月から5月にかけて登ったカムチャッカ、クルチェフスカヤ山(5000m)についての記事。

 同志社大が私たちより1ヶ月はやく頂上に登り全国紙で話題になった後でした。
 私たちは西側諸国の女性として戦後初めての登頂でした。
 それをなんと、私の生まれ故郷の新聞、河北新報社が4段抜きで記事に載せてくれました。
本当にうれしかったです。
山自体は大したこともなく、ただ歩けば着くような山です。登攀用具が必要というわけではなく、ガイドが付いて、登ればいけるところです。ただ当時も噴火していましたから噴火には注意が必要でした。気温は常時マイナス20度くらいでした。(確か現在は噴火がはげしくなって登山禁止になったとか。。。)

 とにかく、新聞に載ったことで、今まであれほど怒って、何で山ばかり行くんだといっていた親たちがころっと態度が変わったのです。

 書き方はおかしいけど、ほんといつも帰省するたびに「もう山はやめろ」といわれ続けてきたのが、「新聞にでるのはよっぽどのこと。ほとんどは悪いことしたとき、良いことをしたときにでるというのは少ない。おまえは新聞にでるような山登りをしてたのか」と

 あれから、親たちが山をやめろとはいわなくなりました。やっぱり、新聞とは、マスコミとはすごい!!あれほど、いわれ続けたのに、載ったことで、「おまえはよく頑張ってきたんだねえ」「旦那さんもいいといってるんだったら好きにしなさい」とまでいわせてしまう。うーん。
やっぱり、どんなだろうと本や新聞に載るのはいいものだ!!

人から見たらたいした山でなくても、私にとってはクルチェッフスカヤ山はそういう意味でも大切な山です。

 昨年、岳人8月号(98年)に投稿記録で瑞牆新ルート「フールフォー」が載ったときもうれしかったです。同居の親に見せたら「すごいとこ行ってたんだね」といわれ、実家の親に見せたら、「あら〜。こんな危ないことして!!でも、おまえは行くんだろうねえ」といわれてしまった!!

夫は関心なさそうでよくしてくれる。今回怪我したときも、同居の親に「怪我が治ったらあいつはまた行くからよろしく。止めても無駄だと思うよ」といってくれたとか。
とてもありがたい夫です。

山と渓谷99年3月号のモデルで名前も載らなかったけど、やっぱり、本に載るっていうのは理屈なしでうれしいものです。

山の技術は下手なのは十分知ってるけど、そんなことじゃなくて、単純に本や新聞に載るのはやっぱりうれしい!!

これからもがんばろう!!ってきになってくるから不思議!!