登山と健康 … 脂肪の減量効果に優れる登山


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 有酸素性運動の燃料は炭水化物と脂肪であり、それが混合して燃やされる。だがその燃焼比は、運動の強度と持続時間によって変わってくる。
 図1−3−aは、運動の強度が両者の燃焼比にどのような影響を及ぼすかを示したものである。歩行やジョギングのように低〜中強度の運動をした時には、脂肪と炭水化物がほぼ半分ずつ燃える。ところがダッシュのように高強度の運動をした時には炭水化物しか燃えなくなってしまう。図1−3:a:さまざまな強度の運動をしたときの、脂肪と炭水化物の燃焼比の違い、b:中強度の運動を2時間続けたときの、時間経過にともなう脂肪と炭水化物の燃焼比の変化。(フォックス、1982を一部改変)
 図1−3−bは、運動の持続時間が両者の燃焼比にどのような影響を及ぼすかを示したものである。脂肪がよく燃える中強度の運動を2時間続けた時の、両者の燃焼比の変化を見ている。運動を始めた直後は、炭水化物の燃焼比が高く、脂肪はあまり燃えない。ところが運動を続けていると、次第に脂肪の燃焼比が高まってくる。
 これらの図から、脂肪は低〜中強度の運動を長時間続けたときに、番よく燃えることがわかる。そして登山は、まさにこのようなタイプの運動なのである。
 また登山は、低温・低酸素の山岳環境で行われるが、このような環境のもとでは、通常の環境に比べて脂肪の燃焼量が増えることも知られている。登山は脂肪を燃やすのに最適の運動なのである。
 表1−2は、登山によって脂肪がどれだけ減るかを、筆者自身の身体で実験した結果である。残雪期の山で15日間の縦走をしたところ、体重が約5kg減った。体重減少量の中身を、体脂肪量と除脂肪組織量(筋、骨、内臓など脂肪以外の組織のこと)の変化に分けてみると、脂肪が約4kg(1日当たり約260g)、除脂肪組織量が1kg減少していた。
 過去に下界で行われた、ジョギングやウオーキングによる減量実験を調べてみると、1日当たりの脂肪減少量は30〜130g程度だった。つまりこの登山の減量効果は、下界の減量実験で一番成績の良かったものと比べてもなお、2倍の効果があったのである。表1−2には、皮下脂肪厚(身体の表面を覆う脂肪層の厚さ)の変化もあわせて示している。全身の多くの部位で減っているが、特に腹部の減り方が大きいことが興味深い。
 また下界で減量トレーニングをするときには、運動だけでは不十分との考えから、運動に加えて食事制限もすることが多い。これまでの減量実験では、1日当たりの食事の摂取量を1200〜1700kcal程度に制限している(注)。

<注>一般的な日本人成人の場合、1日当たりのエネルギー摂取量は男子で2400kcal、女子で1900kcalである。

 これに対してこの登山では、1日当たり約3000kcalもの食事をしていたのに、脂肪は大きく減っている。ひもじい思いをせずに脂肪を減らしたいという人は、山へ行くのが一番なのである。
15日間も歩き続ける登山は特殊なケースともいえるので、もう少し一般的な登山で実験してみた。表1−3は、ある週末に2日、次の週末に1日、つまり8日間のうちで3日間の登山をしたときの身体の変化を示したものである。これをみると、除脂肪体重は変わらず、脂肪だけが約1kg減っており、やはり好ましい変化が生じている。
 これらの実験には面白い後日談がある。山へ行ってせっかく脂肪が減ったのだから、なんとかそれを維持しようと、下界に帰ってからいつもよりもトレーニングに励むのだが、山へ行かないでいるといつのまにか元に戻ってしまうのである。やはり定期的に山へ行くのが断然効果が高いということなのだろう。
 「さて、こここた月近く山に遠のいている。……身体が重い。下腹に余計な肉がつき始めた証拠だ。こそげ落して来なければならぬ」。深田久弥の『わが愛する山々』の中の一節である。